【本の紹介】服従の心理:スタンレー・ミルグラム
久しぶりに心理学の話。
スタンレー・ミルグラムの「服従の心理」が紹介されていたので、
実際に読んでみました。
書籍を読んだことで初めて分かったことが多々ありました。
今回は18種類ある全ての実験を紹介しながら状況が与える人の心理の変化、
そして「なぜ人は服従してしまうのか?」について書こうと思います。
前提条件
- 被験者は全て広告で集められた一般人。実験は1時間ほどで終了し、最後に交通費込みの報酬(4ドル50セント)が出る。
- 「先生」「生徒」「博士」の3役で行われる。被験者が担当するのは「先生」。
- 生徒役(被害者)は「小太りの温和そうな紳士」で、被験者と同じく広告を見て来た一般人(のフリをしたサクラ)
- 博士役(権威者)は「白衣を着た無感情な教師」が担当。もちろんサクラ。
- 先生役と生徒役はクジで決められるが、必ず被験者が先生役になるような仕掛けがある。
- 実験を初める前に被験者は体験としてレベル3の電撃を受ける。
- 生徒役は別室に移されて椅子に縛られる。
- 「先生」は「生徒」に問題を出し、「生徒」が間違えたら「先生」は電撃を流すよう、「博士」から指示される。無回答でも同様。なお、実際には電撃は流れていない。
- 電撃のレベルは全部で30。1段階ごとに15ボルト上がり、最大で450ボルトになる。(電撃レベル×15=ボルト数)
- 電撃が一定レベルを超えると生徒が実験を拒否するようになる。主な反応は下記の通り。
- レベル5:うめき声を上げ始める。
- レベル10:生徒役が「実験室から出してくれ!」と叫びだす。
- レベル22:叫び声が無くなり、回答も表示されなくなる。無回答でも電撃は流さなければならない。
- 生徒役が実験を拒否した場合、博士役が実験を続けるよう促す。
- 「そのまま続けてください。」
- 「続けて頂かないと実験が成り立ちません。」
- 「とにかく続けてもらわないと本当に困るんです。」
- 「ほかに選択の余地はないんです。絶対に続けてください。」
- この4回の促しを行っても拒否された場合、実験は中断となる。
促しの発言を見れば分かるのですが、決して「脅迫」ではありません。博士はあくまでも「協力」を求めているのです。終了後は実験の説明と感想を聞き、最後に被験者に報酬を支払って終了となります。
開始前の予測
- 「大半の被験者は途中で服従を拒否する」
- 「レべル20に達するのは僅か4%」
- 「最高レベルに達するのは1000人に1人くらい(書籍では0.125%という数字で示されている)」
「多くの人々はおおむね善良であり、罪のない人に平気で危害を与えたりしない」というのは誰しもが考えているでしょう。
しかし、「権力者」の元に置かれた「先生」はこの予想を大きく裏切ってしまうのです。
実験開始
それでは実際に実験の内容を紹介します。
各実験で最後まで電撃を上げた人の割合は、
「服従率」という数字で表されています。
そしてカッコ内の数字は(服従した人数/全実験者数)を意味します。
一つ注意してほしいのは、この実験での「服従」の定義は
「最後まで電撃を流した人」。
途中で実験を中止するにしても、レベル10で拒否した人もいれば
レベル20で拒否した人もいるのです。
実験1 生徒役の音声なし
- この実験では別室にいる生徒の声が聞こえない。
- レベル20(300ボルト)を超えると壁を叩くような音が聞こえる。
- レベル21(315ボルト)になると音が聞こえなくなり、回答も表示されなくなる。
- 服従率は65%(26/40)。
この実験では被害者の声が聞こえず、また姿も見えません。コミュニケーションは回答ランプによる反応のみ。服従率はさっそく当初の想定より大幅に高い数字が出されています。
実験2 生徒役の音声あり
- この実験から生徒の音声による抗議の声が聞こえるようになる。
- 服従率は62.5%(25/40)
服従実験の典型例とされているパターン。服従率は62.5%と実験1とほぼ同じ。音声だけでは大きな影響を与えないようです。
実験3 被害者と被験者が同室
- 生徒役を先生役と同じ部屋に移す。
- 服従率は40%(16/40)
これまで生徒役は別室に軟禁状態でしたが、今回から同じ部屋に移されます。実際に被害者の姿を見ながらの実験になったためか、服従率は一気に20%下がります。
実験4 被害者と被験者が近接
- 電撃プレートを生徒の手に置いた状態で実験を行う。
- レベル10で生徒が要求を拒否するのはこれまで通り。
- 博士は生徒の手を電撃プレートに押し付けるよう、先生に要求する。
- 服従率は30%(12/40)
被害者の位置はさらに近くなり、手に触れないと電撃を流せない条件になっています。服従率はこの4つの実験の中では最も低い30%。実験1〜4では被害者がだんだん被験者の近くに配置されるようになりますが、距離が近づくにつれ、服従率も下がっていきます。
実験5 新ベースライン
- 実験場所を研究室から地下室へ移動。
- 基本的な条件は実験2と同じ。ただし、電撃のレベルが10に達すると、生徒が「心臓がおかしい」と訴え始め、その後も一定のレベルに達するにつれ、心臓の異変を訴える。
- 服従率は65%(26/40)
「場所を質素な所に変える」「被害者が心臓の異変を訴える」という要素が加わります。しかし、それでも服従率が下がる要因にはなりません。
実験6 人員交代
- 生徒役を「小太りの紳士」から「ケンカの強そうな強面の人」に、博士役を「無感情な教師」から「柔らかく大人しい感じの人」に交代。
- 服従率は50%(20/40)
人の見た目の印象でも服従は変化するか?という意図。典型例である実験2と比べると幾分は下がったものの、それでも半数の人が最後まで実験を行っています。
実験7 権威者不在
- 博士は最初の指示を出した後は部屋を出る。その後は電話越しに指示を出す。
- 服従率は20.5%(9/40)
一部の被験者は実際に指示されたレベルより低いものを流すなど、「表向きには服従しているようにしているが、実際は反抗する」という行動を取っています。被験者は最後に報酬を受け取る訳ですから、ある種の「サボタージュ」と言えるかもしれません。
実験8 被験者が女性
- 被験者を女性が務める。他の役は今まで通り男性。
- 服従率は65%(26/40)
これまで被験者は全て男性でしたが、今回は全て女性になります。服従率は実験1と同じ65%。服従に性別は関係ないようですが、被害者あるいは権威者が女性だった場合はどのような数字が出るかは気になるところです。
実験9 生徒役が条件付きで参加
- 生徒役は自分の心臓がおかしいと感じたらすぐに実験を中止するよう、条件を付けて実験に参加する。
- 博士役は了承するが、実験は今まで通りに進行する。
- 服従率は40%(16/40)
生徒役はあらかじめ自分の心臓に不安があることを報告しますが、権威者はそれを聞き入れたにも拘わらず、無視してしまうというパターン。服従率は下がりましたが、それでも16人は「被害者の訴え」よりも「権威者の指示」に従っています。
実験10 場所を大学から変更
- 実験場所を大学からオフィスビルに変更。
- 何をしているかよくわからない民間企業という設定
- 広告による募集はこれまで通りだが、大学の名は一切出していない。
- 服従率は47.5%(19/40)
場所を変える(=「大学」という看板を外す)ことで服従に変化が出るか?という意図。実験2と比べると服従率は下がり、「大学」という場所そのものにも権威があると言えるでしょう。
実験11 被験者が電撃レベルを選択
- 被験者が自由に電撃のレベルを選べる。
- 流された電撃の平均レベルは3.6。ちなみに被害者が苦痛を訴え始めるのはレベル5(75ボルト)以上から。
- 電撃を流す機会は一人につき30回ある。
- 服従率は2.5%(1/40)
電撃を流すのはこれまで通りですが、そのレベルを被験者が自由に選べるというもの。40人中38人はレベル10以下の電撃しか流さず、最大レベルの電流を流したのは1人だけでした。この結果が意味するのは何か?ミルグラムの言葉を借りると「人が自分の主体性に任されたときに他人に対してどう振る舞うかという点がここでは明かされている」そうです。
実験12 生徒役が電撃を要求
- レベル10(150ボルト)になると博士が実験の中止を申し入れるが、生徒役が実験を続けるよう促す。
- 服従率は0%(0/20)
- しかも被験者全員がレベル10で実験を中止している。
これまでは博士が電撃を流す指示を出していましたが、今度はそれが生徒役になるパターン。「自分は仕事をしに来たんだ」「実験を途中で止めては男らしくない」などと生徒役は言い張ります。身近な例で言えば「風邪ひいてるのにも関わらず会社に出勤する」ようなものですね。しかし、そんなドMな指示に被験者は誰も従いませんでした。
実験13 権威の無い普通の人が命令
- この実験では博士が2人になる。1人は今まで通りの「権威者」だが、もう1人は被験者と同じく広告で集められた「普通の人」が担当する。もちろんサクラである。
- 博士役(権威者)は実験の説明だけ行い、実験開始前に退席してしまう。
- この時、電撃の与え方についての指示はない。その変わりに博士(普通の人)が間違える度に電撃を上げる提案をする。以降は博士(普通の人)が被験者に指示を出す。
- 服従率は20%(4/20)
これまで電撃の指示は博士が指示をしていましたが、今回はそれが同じ広告で集められた被験者、つまり「普通の人」になります。服従率は20%まで低下。同じ指示でも「普通の人」と「権威者」とではかなりの差があることが示されました。
実験13a 電撃を流す仕事を普通の人が奪う
- 実験13を拒否した16人に対して行われた実験。
- 被験者が実験を拒否すると言うと、「普通の人」が変わりに自分が電撃を流すと言い始める。
- 了承した場合、被験者は「記録係」となり、ボタンを押す仕事からは解放され、「普通の人」が電撃を流す所を見ているだけになる。
- 服従率は68.75%(11/16)。
実験を拒否した被験者に対し、「普通の人」が変わりに電気を流すと言い出すパターン。博士(権威者)相手の時とは全く違い、相手を怒鳴りつけるなど、かなり激しい状況となりました。なお、この実験での服従率は「普通の人が最大電撃を流すのを止めなかった人」の比率。服従しなかった5人は「部屋の隅に放り投げる」「装置の電源を抜く」など、電撃が流れるのを物理的に阻止していました。
実験14 権威者が生徒役になる
- 「普通の人」が実験者となり、「博士」が被害者となる。
- レベル10(150ボルト)の段階で「博士」は苦痛を訴える。しかし、「普通の人」は実験を続けるべきだと主張する。
- 服従率は0%(0/20)。しかも被験者全員がレベル10で実験を拒否。
クジ引きまでは今まで通りですが、生徒役のサクラが頑なに電撃を受けるのを拒否したため、博士が代わりに電撃を受けることになります。そして、博士に変わって電撃を流す指示を出すのは生徒役、つまり「普通の人」。立場が変わっても「権威の力」は強いのです。
実験15 二人の権威者の意見が矛盾
- 実験13と同様に博士が二人いるが、どちらも権威者。
- レベル10になった段階で二人の意見が割れる。一人は中止を指示し、もう一人は続行を支持する。
- 服従率は0%(0/20)。
どんな組織やグループでもそうだと思いますが、トップが二人いることは通常あり得ません。トップの意見が対立してしまうとどっちに従えば良いのか分からなくなりますからね。服従実験でも同じ傾向が現れ、全ての被験者はどちらの博士が偉いのか分からず、電撃を流すという行為から手を引きました。
実験16 二人いる権威者の片方が被害者
- 実験15と同様に博士(権威者)が二人。しかし、生徒役のサクラが実験をキャンセルしたため、二人いる博士の片方が生徒役になる。
- 規定のレベルで苦痛を上げるのはこれまでと同じ。
- 服従率は65%(13/20)。
実験14と同様に博士(権威者)が生徒役となるパターンですが、服従率はかなり高い数字が出ています。一つ違うのは、電撃を流す側も受ける側と同じ「権威者」であること。しかし、生徒役になった博士は「権威の力」をあっけなく喪失。ミルグラムは権威を失った博士を「地下牢にぶちこまれた王様」と例えています。
実験17 同僚二人が実験を放棄する
- 先生役が3人になり、役割を3人で分担する。1人は問題文を読み、1人が正否を判定し、1人が電撃を流す。被験者の役割はもちろん電撃を流す役。他2人はサクラである。
- 読み上げ役のサクラはレベル10(150ボルト)で、正否の判定役はレベル14(210ボルト)で実験から抜けてしまう。
- 服従率は10%(4/40)
この実験では先生役が3人になり、役割をそれぞれが分担しています。しかし、特定のレベルでサクラの2人は抜けてしまい、その分被験者に役割が課されることになります。他の2人に代わって仕事を全うするか、それとも生徒役の身を案じて実験を拒否するかを迫られるわけですが、被験者の多くは後者を選びました。
なお、この実験でサクラの2人が抜ける前に実験を中断した被験者は1人だけ。つまり、最後まで服従した4人を除く35人は「他の被験者が抜けたから、自分も抜けた」とも考えられる訳です。そして、他人の行動に合わせて自分の行動を変えることを同調と言います。
実験18 同僚が電撃を与える所を見ているだけ
- 実験17と同様に先生役が3人。ただし、電撃を与える役は他の先生役(サクラ)が行う。
- 被験者は「記録係」という形で同席している。
- 服従率は92.5%(37/40)
では、先生役のサクラが実験を拒否せずに実験を続けたらどうなるか?さらに、被験者は実験の様子を見ているだけ(記録しているだけ)ならどうなるか?一連の実験の中で最も高い服従率がその心理を現していると言えるでしょう。彼らは「電撃を与える」という「責任」から離れた立場にいるのですから。
ちなみに、ミルグラムの服従実験のモデルとされているアドルフ・アイヒマンもナチスのユダヤ人虐殺政策の会議(ヴァンゼー会議)に参加しており、決定に関与した人物とされていますが、実際に席上で彼が行っていたのは「議事録を作ること」。彼自身は特に発言もせず、タイピストと一緒にテーブルの隅に座っていただけだったそうです。
なぜ人は服従してしまうのか?
そもそも、なぜ人は服従してしまうのでしょうか?
人は社会的な生き物で、何らかの組織に所属することが前提と考えられています。
ではその考えが教えられるのはいつなのかと言うと、
それは生まれた頃から始まっているのです。
人は生まれた頃から親元で育ち、親にしつけられながら育ちますが、
親のしつけにはある暗黙の言葉が隠れているのです。
それは「親のいう事を聞け」というもの。
つまり、子供から見たら親は「権威者」なのです。
成長した子供はやがて「学校」という「組織」に所属するようになります。
そして学校の中で組織というものがどういう所なのかを学びます。
学校には「教師」という「権威者」がいます。
彼らの言うことを聞かなければ叱られる(=罰を受ける)でしょう。
それを回避するにはどうすればいいのか?というと、
「黙って従う」のが一番良いのです。
問題を起こさずに教師に黙って従えば、
少なくとも通知表などで最悪の評価をされることは無いでしょう。
このように我々は子供の頃から組織の一員としての振る舞い方、
つまり「権威者の言う通りにしろ」という「暗黙の了解」を学習していくのです。
服従は悪なのか?
しかし、服従は悪なのか?と聞かれたら答えはNoになります。
繰り返しますが、人は社会的な生き物です。
世の中は広大で、個人の力だけで生きていくには限界があり、
どうしても組織の力に頼らざるを得ません。
では、世の中の組織が全て悪なのかと言うと当然そんなことはありません。
確かに組織的な犯罪は度々起こりますが、
世の中にある全ての組織の数から比べたらごく一部に過ぎません。
そもそも、事あるごとに詮索をしていたらキリがないですし、
大抵の組織なら素直に従った方が得と言えるでしょう。
どうしても不安だというならそこはネットの力に頼れば良いのです。
火のない所に煙は立ちませんから。
「服従」という言葉を聞くとどうしても
「権力に従う」「支配される」など、
あまりよくないイメージが付いてきますが、
それは支配する側(=組織)によって大きく変わると言えるでしょう。
「服従は信頼の裏返し」という、
書籍の訳者である山形氏の言葉を借りて今回は締めたいと思います。
ではまた(´・ω・`)ノシ
関連記事
小ネタまとめ(3・権力者に従いますか?それとも楯突きますか?) - 旅と散歩の話
参考URL
アドルフ・アイヒマン - Wikipedia
ヴァンゼー会議 - Wikipedia
服従(ふくじゅう)とは - コトバンク
参考書籍