旅と散歩の話

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【マギレコ】「ジャンヌ・ダルク」と「桜」の話

 TVアニメ「まどか☆マギカ」を初めて見た時の感想は「心が抉られた」だった。
 後に公開された劇場版「叛逆の物語」もやはり「心が抉られた」だった。
 その後はしばらくこのような感覚が無かったので忘れかけていたが、久しぶりにその感覚を思い出すストーリーに出会えた。

 それがジャンヌ・ダルクの時代を舞台にした物語「常夜の国の叛乱者*1」だった。

今回のイベントを集約した4枚のスクリーンショット

 

ジャンヌ・ダルク」という人物

 まずは歴史上の人物である「ジャンヌ・ダルク」が、どのような運命を辿ったのかを確認しておきたい。

  • 15世紀のフランス王国の軍人。別名「オルレアンの乙女」
  • 元々は農家の娘だったが、「神の声を聞いた」としてフランス軍に従軍する。当時のフランスはイングランドを相手に百年戦争の真っ最中だった。
  • 1429年5月、オルレアン包囲戦。この戦いからジャンヌが台頭する。
  • 1429年6月、パテ―の戦い。劣勢であったフランス軍が形勢逆転する。
  • 1429年7月、シャルル7世の戴冠式
  • 1429年9月、イングランドが占拠するパリの奪還を試みるが失敗に終わる(パリ包囲戦)
  • 1430年5月、コンピエーニュ包囲戦でイングランドに捕縛される。
  • 1431年5月、ルーアンにて異端者として火刑に処される。

 ジャンヌは自分に行われた裁判が不条理かつ不正なもので行われたことを理解しており、刑の執行に立ち会う修道士に向かって「神にこの誤りと醜い行為を訴える」という言葉を残したという。そして、最期の時を迎える中、彼女は苦痛やうめき声をあげず、神への信仰の言葉だけを残し、息絶えるのであった。

 その後1456年に復権裁判が行われ、無罪が宣告される。1920年には列聖され、カトリック教会における聖人の一人となる。現在でも崇敬され人気が高く、特にフランスでは、民族の誇りと象徴となっている。

 創作のテーマとして取り上げられることも多く、シェイクスピアヴォルテールチャイコフスキーといった著名な作家や作曲家が彼女を主題とした作品を作り上げている。

 その流れは現代でも続いており、彼女を主題、あるいはキャラクターとして登場する漫画やアニメ、ゲーム作品は多い。「まどか☆マギカ」もその1つである。

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パリにある黄金のジャンヌ・ダルク騎馬像(画像の出典元:Pixabay)


まどか☆マギカにおける「ジャンヌ・ダルク

 まどか☆マギカでは「たると☆マギカ」という外伝作品にジャンヌ・ダルクが登場する。「たると☆マギカ」は『まんがタイムきらら☆マギカ』で連載されていた漫画。単行本も刊行されている(全5巻)。*2

 この作品におけるジャンヌ・ダルクは「タルト」という名前*3になっている。これは自身の名前を「Jehanne Tart」と書いたため。なお、ジャンヌの姓についてはd'Ark、Dark、Dart、Tarcなど諸説あり、Tartもその1つである。

 物語はタルトが「天使様」に会う所から始まり、火刑に処されるまでを紡ぐ。そして、故郷のドンレミ村が襲撃に遭い、妹・カトリーヌが殺害されることで、タルトは魔法少女になることを決意する。

 そんなタルトの世界、つまり15世紀のフランスにマギレコのキャラクターが現れたのが今回の「常夜の国の叛乱者(以下、常夜の国)」である。「常夜の国」はタルトの世界にマギレコの主要キャラクターである「環うい」が召喚される所から始まる。*4

 「常夜の国」のフランスは「ある人物」により「正しい歴史」が確定できず、時空間が不安定で、常に夜のような世界になっていた。そして、「正しい歴史」を実現させるべく、ういとタルト達フランス軍は歴史に沿うようにオルレアン、パテーと続く激戦を戦い抜き、遂にはシャルル7世の戴冠式を成功させる。

「ある人物」により時空間が不安定で「常夜」となっているフランス。この理由は物語の終盤で明かされる。

何気なく撮られた1枚の写真。これが後にある「きっかけ」を与えることになる。ちなみに、「スマホ」を知らないタルトたちは「小さな箱」や「箱のようなもの」と称していた。

 

「正しい歴史」と「ジャンヌ・ダルクの運命」

 シャルル7世の戴冠式を終えた夜、ういの前にイングランド魔法少女であり、今作の黒幕でもある「ミヌゥ」が現れる。ここで初めてこの舞台の全容が彼女の口から明かされることになる。それは、ミヌゥが仕掛けた「罠」により、ういがオルレアン攻防からシャルル7世戴冠までの時間を繰り返していたのだった。

 そして、ミヌゥはういに未来の出来事、つまり、タルトが捕らえられて処刑される場面を見せつける。さらに、タルトが救われる可能性を求めて、ういが何度も何度も時間を繰り返し、その結果フランスが「常夜」の状態になっている、という事実をも突き付けるのであった。

 「正しい歴史」はタルト、すなわち「ジャンヌ・ダルクが処刑される歴史」でもある。そして「正しい歴史」が刻まれなければ、ういが生きる未来の時代そのものが変わることになり、ういの存在自体も危うくなる。

 しかも、「時間を戻す」ことは、ういの魔力を大きく消耗することでもある。時間を繰り返し、魔力を消費することで、いずれは彼女の存在自体が消滅し「なかったこと」になってしまうのである。

 これがういに仕掛けられた「罠」である。どうしようもないことを知り、絶望に陥るうい。ミヌゥはういを嘲笑うかのように、2つの選択肢を突き付ける。1つは「歴史を確定して、未来に戻る」こと。もう1つは「何もかも忘れて、最初(オルレアンの戦い)からやり直す」こと。

 ういのスマホには2つの文字が浮き上がり、選択されるのを待っていた。*5

 ←(最初に戻す) (歴史を確定)→

 

「正しい歴史」「環姉妹が生きる未来」でもあり「タルトが処刑される未来」でもある。そんな未来をあざ笑うかのように、ミヌゥはういに過酷な選択肢を突き付ける。

 

タルトの意志

 そんな彼女を救ったのがタルトであった。
 タルトは環姉妹から「この先の未来に確かな希望をあることを教えられた」と言う。そして「定められた運命」を受け入れる、と彼女は続ける。
 そう言い終えたタルトはういの手を取り、「自分の意志」で「歴史を確定」させるのである。

 「素敵な未来を生きてくださいね」

 タルトとういの会話はここで終わり、ういは元の時代に帰ることになる。そして、ういの記憶からは15世紀のフランスでの出来事が抹消されるのである。 

 一方でタルトは「歴史を確定」したことで自らが「処刑される未来」を受け入れることになる。しかし、それは自らが厄災をもたらす「魔女」へ変貌する前に「人」としてこの世を去る手段でもあった。

 1431年5月30日。刑が執行され、タルトは炎に包まれる。普通の少女に戻ることを夢見て、そして「すべてのことに、ありがとう(Merci vraiment.)」という言葉を残しながら。*6

環姉妹を見て未来に希望があると確信したタルトは、自らの手で「歴史を確定」させる。そして、鐘の音とともに、ういは元の時代に帰ることになる。

 

「桜」と「ジャンヌ・ダルク

 こうしてみると、「ジャンヌ・ダルク」という人物には「桜」が似合うと言えるかもしれない。なぜなら、桜の花言葉には「純潔」や「精神美」といったものがあるからだ。

 桜は春を彩る花であると同時に、散って行く儚さから死や別れを連想させる花でもある。それは「諸行無常」や「もののあはれ」といった感覚に例えられ、儚い人生を投影する対象でもあった。最期の時を迎える中で、信仰の言葉だけを残すジャンヌにも、「ありがとう」の言葉を残すタルトにも相応しいと言えるだろう。

 さらに、フランスでは桜に「私を忘れないで」という花言葉が付けられているという。実際、ジャンヌが残した訴えは忘れられずに、改めて裁判が行われ、無罪が宣告されている。

 それはタルトも同じであった。タルトに「私を忘れないで」という台詞はない。そして、ういも元の時代に戻ったことでタルトの記憶を失っている。

 しかし、エピローグでういは姉のいろはに対してある台詞を口にする。

 「素敵な未来を生きよう」と。

 こうして「常夜の国の叛乱者」の物語は幕を閉じる。*7

ういは元の時代に戻ったことでタルトのことを忘れているが、ある「きっかけ」によりタルトと同じ台詞を口にする。

 

参考URL
ジャンヌ・ダルク - Wikipedia

魔法少女たると☆マギカ The Legend of “Jeanne d' Arc

魔法少女たると☆マギカ The Legend of “Jeanne d' Arc" (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

 

*1:2019年7月に配信された期間限定イベント

*2:単行本には当時のフランスやイングランドの情勢を解説したページがあり、百年戦争の発端からジャンヌ・ダルクの処刑とその後まで詳しく書かれている。この記事も一部参考にしている

*3:区別するために、これ以降は「史上のジャンヌ・ダルク」を「ジャンヌ」と表記する

*4:「常夜の国」の前に同じくタルトの世界を舞台にした「時を超えて鳴らす鐘」というストーリーが配信されていた。こちらではういの姉である「環いろは」が召喚されており、「常夜の国」はその続編になる。

*5:「罠」により、持ち主のういだけしか操作できない

*6:「常夜の国」ではういと別れたところでタルトの出番が終わるため、「たると☆マギカ」を参照している。また、刑が執行された日付も同様にしている

*7:「たると☆マギカ」では戴冠式後の展開も描かれており、史上通りにパリ包囲戦、コンピエーニュ、ルーアンと舞台は進む。その過程で「常夜の国」では出来なかったミヌゥとの決着が付けられるが、別の「黒幕」も現れる。そして、タルトは「常夜の国」とは別の形で自分の運命を受け入れることになる。